「人間は進歩しているのか」

マッチョな男に人気が集まったら、草食男に人気が集まり、再びマッチョが人気になり、刈り上げがダサいと思ってたらいつの間にか流行っており、ネクタイは細くなったり太くなったり、物事というのは常に現状から変わることを義務づけているように見える。よく「無常」というが、人間自身が無常を欲しているのではないかと思うことが常々ある。

昨夜、池上彰のよる世界の軍事力講座がTVであったが、変遷を見るとどんどんハイテクになっていく過程で「これはエグイ」という兵器は各国が話し合って「製造中止協定」を結ぶわけだ。テロップで「じゃ、エグくない兵器はあるのか」という言葉が言い得て妙だと思いつつ、しかしながら、武器の進化というのは一種の2ちゃんねる状態だと思った。今、開発されている兵器を各国がそのまま使ったら地球はなくなっちゃうはずだが、それでも新型の開発にジャブジャブお金を投下し続ける。

小さな政府が台頭した後には大きな政府が台頭し、戦争の後に平和が訪れ、平和の中で経済苦からくる民族主義が台頭し、戦争へ突入したら平和を求め、平和になった後は、戦時を懐かしむ。螺旋階段のようだ。

「人間は進歩しているのか」

奴隷制度はなくなったが、核兵器はある。
食料難で死ぬ人は減っているが、自殺が増えている。

坂元裕二さん脚本の「それでも生きてゆく」というTVドラマはそんな人間の業のようなものをドラマで見事に表現しており、そして監督の映像センス、演技の引き出しにより、映画の領域にまで達している美しいドラマだと思った。TVでこれが出来るなんて野沢尚さん、倉本聰さんの作品以来かな、なんて思いつつ。

しかし「それでも生きてゆく」はいわば玄人やドラママニアの間では相当な話題になったが、それでも視聴率は低かった。「家政婦のミタ」の視聴率に絶句したのもその頃か。人々は何を望んでいるのだろうか。

ずっとモヤモヤしている感覚がある。

「人間は進歩しているのか」

言い換えれば「自分は進歩しているのか」
更に言うと「進歩って何だろう」

こういうモヤモヤが続く時っていうのは、自分自身の過渡期に多くある。
だから今は過渡期なんだろうな、と思いつつ。

ブラームスに関して一言。
「ブラームスの躁鬱」というタイトルにしようかと思うほど明るい逸話、暗い逸話があるが、その二面性に魅力を感じているのが事実。人間らしいなと思う。
そして、クラリネット五重奏の出だしだけで、既に心が飛び上がるほど躍動してしまう。

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