【映画 愛をよむ人】感想

【映画 愛をよむ人】

15才の少年と35才の路面電車の車掌の女が、ある日恋に落ちる。
女はいつも少年に、本を朗読させる。

ある日、女の部屋は突然もぬけの殻になり、少年の一夏の恋は終わった。
数年後、少年は大学で司法修士生になっていた。

裁判の傍聴で被告人があの女だと分かる、
女はナチスの収容所の看守になっており、その罪に問われていた。
女は看守の責任者として、罪を問われるが、本人はそれを否定する。
しかし、確かにサインがそこにあり、裁判長が「あなたの筆跡かどうかを鑑定する」と言う。
書けば罪は晴れるかもしれない。
しかし、白紙のメモを前に女は「私が責任者でした」と言うのだった。

青年は、そのとき、わかった。
女は文盲だったのではないか。
あの時、「本を読んで、あなたの声が好きなの」と言い続けた女は文盲だったのでは。

非常に設定が面白い、まずもって思いつかない設定だと思う。
同時に、ナチスが出てくると、どうしての映画というのは「絶対」の方向に走りがちである。

そこだけが惜しい。他にもっと違う設定はないものか。
この後、男は女が文盲であることを証言しなかった。
したら、罪は変わるだろう。

男は「だからと言って罪が消えるわけではない」と思ったのか。
しかし、責任者の罪は無期懲役、そうでない看守は懲役4年だったのだ。
男は、証言をして、懲役4年にさせるべきだったのではないか?

しかし、ふと思った、
女自身が、自らを文盲であることを証言していれば、懲役4年で済んだはずなのだ。女は文盲であることをそこまでして、恥じたのだ。
恥が罪を変えた。そんな馬鹿なことがあるかと思ったが、そんなこともあるのかもしれない、とも思った。

男は、刑務所へ朗読テープを送る。
女はその声があの時の少年だと気付く、
ここまでは抜群に面白かった、

しかし、ここからが、摩訶不思議である。
女は朗読テープをもとに、字を覚え始める、
そして男に手紙を書くのだ、
男に「返事を下さい」と送り続ける。
しかし男は無視する。
何故だろうと思ってみていた。
それから20年が経った。
「彼女をひきとれないか?」と電話が鳴る。

男は刑務所へ向かう。
男は白髪になった彼女に問う。
「過去に何を思う?」
「過去って私たちのこと?」
「違う。収容所のこと」
「仕方なかった、それしかなかった」

男は悶絶する。大きなため息とともに、来週、迎えに来ると、冷たく言い放ち、立ち去る。

出所の日、男が彼女を訪ねると、彼女は首をつって自殺をしていた。
男への遺言はこうだ。
「お金がある、それをユダヤの犠牲者の方へ」
男はNYへ飛び、お金を私にいく。しかし、ユダヤ人は受け取らない。
男は娘と一緒に墓地へ向かった。
「誰のお墓?」
「父さんは君に話をしなければならない」
「何?」
「僕は15歳のとき、電車の中で気分を悪くして、ある女の人に助けられたんだ・・・・」

【終わり】

ここで映画は終わる。

分かるよ、ユダヤ人の件は。男もドイツ人だから、罪の意識は。

でもね、仮に男が女を抱きしめてあげてやってはダメなのだろうか。
泣きながらあの時代は皆が狂っていたと出来ないのか?
恐らく現代映画でそれをやると追放されるのだと思う。
しかし。それが「絶対」を生み、創作家のイマジネーションを萎縮させていると思った。

印象に残る映画になると思う。
一番、この映画のアイデアの美しさは文盲であった女が若き少年に何度も本の朗読をせがみ、そして、裁判で、文盲が故に、罪を全て被るというところ。
恐ろしくイマジネーション豊かな創作家が作り出した設定だと思う。
美しい映画だった。
最後にきゅっとしまった感覚を覚えた。

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