翼ある人びと~ブラームスとクララ・シューマン@日本青年館

東京イボンヌ制作担当:団長こと風早優希です。
舞台が好き。とにかく好き。

今週は宝塚三昧でした。書きたい事はたくさんあります。
あっ・・・その前に、制作の平と片岡が「私が演劇を好きになったきっかけ」を書いていました。
私も乗っかってみます。
劇団四季を観たから・・・と公的には応えて来ていましたが、実は違います。
中学生の時、市が主催する市内の小中学生ミュージカルのメンバーに何故か選ばれ、学校を代表として舞台に立ちました。
演目は「サウンド・オブ・ミュージック」
アンサンブルのつもりがまさかの修道院長。
で、会場1,500人のお客様の前で「全ての山へ登れ」をソロで歌ったんです。しかも生オケ。指揮者から送られるアイコンタクト。
本格的なセットにきちんと採寸され作られた衣装。
歌っている時のスポットライトと歌い終わった時の拍手は鳥肌もんでした。
その時に芽生えた「舞台ってすごい!」という感情。
でも、舞台に立つ側を選ぶ勇気も実力もなかったので、観る側を選択。
しかし、東京みたいに常にどこかで何かが上演されているわけではなく・・・
学生時代は、何年かに一度の観劇チャンスを待ちわびひっそり生活していました。
そしたら演劇の神様が東京へ来るチャンスをくれたんです。
いや、もちろん演劇を観るための状況だったわけではありません。
重々承知ではありますが、劇場がたくさん。演目もたくさん。至福。
あこがれの帝国劇場に足を踏み入れた時の感動は今でも覚えています。
あとは坂道を転がるみたいにドンドン演劇が好きになって今に至っております。自分自身、予想外にはまりましたね(笑)
と、初めて明かした演劇を好きになったきっかけです。

はい。本題へ移ります。
今日は我が劇団の三月公演「ショパンの馬鹿!!!~別れの夜~」と登場人物が被っていた「翼ある人びと~ブラームスとクララ・シューマン~」の感想を少々。
ヨハネス・ブラームス、ロベルト・シューマン、クララ・シューマンを中心に展開された愛の物語。しかも切ない愛の物語。
三人のそれぞれの想いが切なすぎて終盤は涙がとまりませんでした。
ただ、(多くの方が観劇レポで書かれていますが)ラブストーリーではなかったんです。
愛の物語でした。物語に、舞台に、恋ではなく愛があったんです。
なんのこっちゃって思った方・・・ごめんなさい(笑)
ブラームスからクララへ「好き」とか「愛してる」という台詞はほぼありません。
一度だけ想いを口にしますが、もう二度と口にしないとう台詞でその後は封印されます。
でも、想いを口にする前から愛を感じるんです。
シューマンの家に来て、どんどんクララに惹かれるブラームスを見事に演じた朝香まなと(以下、まなと)。
ブラームスがクララを愛しているってことを表情や仕草、二人の立ち位置、距離から客席に伝えたまなと。
すごいなまなと。
もともと宙組はなんか縁遠く、公演時期などの関係で激しくリピートすることがなかった組。いまいち組のカラーを読み切れてなかった組。
故に主演のまなとも詳しくなかったんです。
が・・・よかったです。
淡々と、でも奥に愛のある台詞、台詞と台詞の間。
危うく好きになりかけました(笑)
私の中で「ブラームスは切ない人!」という勝手なイメージができ上がりました。
このブラームスとクララの切ない関係はデュエットダンスでも表現されてました。う~ん・・・表現されてたと思う。
スカステやヅカファンの間でも話題になっていた「二人が触れない」デュエットダンス。
どちらかというと絡みの多いデュエットダンスが普通なのに、今回は触れそうなのに触れない。触れたいのに触れられない。
ここが二人の関係を表現しているようで、更にまた涙。
デュエットダンスで泣くのは退団公演の時だけだって思ってましたが違いました。
※ちなみに退団公演のデュエットダンスが泣けるのは「この二人のデュエットダンスをもう観られないんだ」って思うからです。

ブラームスやシューマンの楽曲が劇中に使われてたのですが・・・
クラシックを勉強中の私には本当にタイムリー。
いろんな意味で釘づけです。
曲と映像だけであんなに季節感を出せるもんなんだ・・・とか。
「曲に込められた作曲家の想い」や「その曲で表現される言葉」が超初心者の私には上手く表現できないんですが確実に舞台の上に存在していました。
今までクラシック好きの友人が語る「曲の背景、曲が訴えかけている言葉」など意味不明だったことが、少しでだけ、ほんの少しだけ分かった気がします。

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