【倉本先生との初めての接触!】

こんにちは。
瀬尾卓也です。

ここでは僕が倉本聰先生に出会えるまでの軌跡と、先生とのエピソードを綴っております。

富良野グループの作品で「谷は眠っていた」という作品があります。
これは、僕が初めて富良野グループの芝居を観た作品でした。
知る人ぞ知る、名作です。

作品はドキュメンタリータッチになっていて、富良野塾の歴史を、シーンとパフォーマンスで魅せていきます。

この作品、まあ感動するんです。(毎回毎回よう感動していますが)
恥ずかしいくらい、一人でうげうげ泣きました。(毎回毎回よう泣いておりますが…)

セットが1つもなく、役者の肉体で魅せる舞台。
“労働”で鍛え抜かれた体が、彫刻のようで、とても美しい。

映像を観ているような、美しいストップ&スローモーション。

BGMの選曲の素晴らしさ。

そして、台詞の美しさ。

素晴らしい芸術作品でした。
僕が求めているものが全てそこに詰まっていました。

終演後、先生がロビーでサインを書いておりました。
だから僕、最後尾に並んで、頭を下げたんです。
「出して下さい」って。
そしたら「今募集してないンだよ」と言われました。
それでも食い下がって、「じゃあどうしたらいいですか!」って訊いたら、「事務所にプロフィール送ってくれ」って言われました。

だから送りました。10分後に。

本当は持ってたんです、プロフィール。
直接渡すつもりだったけど、渡せなかったんです。勇気がなくて。
それが今でも心残りで。
やっぱり、怒られてでも良かったから、強引に渡すべきだった。
やらない後悔より、やった後悔の方が気持ちいいですもんね。

話が反れました。
が。
この二年後、僕は富良野グループに参加することになります。

つづく

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