音楽の昔語りその1☆

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あけましておめでとうございます!

役者の羽原寛子です。

本年もどうぞよろしくお願いいたします☆

さてさて、皆様はどんな年末年始を過ごされましたか?

私は実家に帰省して、しっかり食べ、しっかり寝て、ブクブク肥ゆる冬でございました。

ちなみに我が家のお雑煮は白味噌です。お雑煮が白味噌の方、はい手を挙げて!

さてさて、ゆっくり過ごした年末年始でしたが、前から気になっていた音楽史の本を読みました。

なかなか面白かったので、細々と概要を書いてみようと思います☆

その本で印象に残った言葉!「音楽は社会を映す鏡!!!」

そんな鏡をそっと覗いて行きたいと思います。

今日は「音楽の始まりからルネサンス」までーーー♪はいどうぞ!

 

最初の音楽文化は人類のあけぼのから旧石器時代に生まれます。

旧石器時代とは、人々が洞窟にすんで、みんなで狩猟をおこなう時代でございました。

この頃の音楽はというと、神々や自然に願いを届けたり、悪霊を追い払って病気を治すための手段、「祈祷」としての音楽でありました。

神々や自然と交信する「祈祷師」は同時に「音楽家」でもあったのです。

祈祷師は呪文を唱え、歌い、踊って祈りをささげました。その総合的なパフォーマンスの一部を音楽は担っておりました。

 

時は流れ、新石器時代へと移ります。

新石器時代とは、人々が農耕を行い、社会を形成する時代でございました。

これによって、農作物は蓄えられ、「所有」という概念が生まれ、社会同士で争いが起きたりするようになります。

またこの時代から古代文明にかけて、ストーンヘンジやピラミッドをはじめとした巨大建造物が作られた時代でもありました。

巨大建造物が社会を成立させる「権力」を象徴するとしたら、この頃の音楽は人間社会のあるべき姿としての「調和」を象徴しておりました。

またこの頃の音楽は天文や数学と結び付けて論じられました。

音楽が内包する「調和」は「天体と宇宙との調和」に通じているといわれ、また音の高さには数字のように秩序があります。

このように音楽が持つ論理的であり、かつ神秘的な側面に、古代文明人は世界の本質を見出したのでした。

 

時はさらに流れ、中世へと移ります。

中世は政治も経済も学芸もあらゆる活動が教皇を頂点としたキリスト教の統制下にありました。

この頃の音楽といえば、ローマ=カトリック教会の典礼音楽であるグレゴリオ聖歌でありました。

アウグスティヌスの著書「告白」の中で、聖歌は「歌詞」と「音楽」の2つの側面にわけて論じられていますが、

歌詞は神の言葉を伝えるため価値があるが、音楽的側面は「快楽的」であり「罪」だとされています。

音楽を演奏するのも、この歌詞をよりよく伝えることが目的であったため、単旋律が様式として使われているのです。

 

さらに時代は進み、ルネサンス時代へと移ります。

美術と音楽では1420年代に画期的な事件が起きました。

遠近法の発明と響きの革新です。

ルネサンスの根底には「現世と人間性への肯定」があります。

遠近法とは目覚めた自我で世界を見る方法であり、響きの革新は音楽における美意識の目覚めでもありました。

音楽では3度の響きが導入され、自我に目覚めた人間が自ら感じた「美」が響きの基準となったのです。

ルネサンスも後期にさしかかると、恋愛の歌が多くなっていきます。

この頃の音楽は歌詞よりも音楽的側面が優位に立ち、複数の旋律で「感情表現のための音楽」として隆盛していったのです。

 

この後に訪れるバロック時代では、また歌詞が音楽的側面よりも優位に立ちますが、その歌詞の内容は人間の感情を表すものになります。

この続きはまた今度。

ではまた!

 

こちらを読んで下さった方は合わせてこちらもご覧ください。

【羽原寛子のまったりお散歩】http://ameblo.jp/shimeyukata/

 

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