二人の母に愛されたシューベルト

blog-sawa
 こんにちは!
演奏部ヴァイオリンの國信佐和です。

本公演まで残り僅かとなりました。
おかげさまで完売した日もすでに出ております。
まだお取り扱いしている日もありますので、是非是非お越しくださいませ!
チケットはこちらからも申し込み出来ます。
本日は前回に引き続きシューベルトに関わるお話をしたいと思います。
前回サリエリのお話をしましたので小ネタを一本。
 サリエリは約30年モーツァルト殺害の疑いの噂に悩まされていたそうです。
弟子にまで「モーツァルト殺したの?」なんて聞かれるのでたまったもんじゃないでしょうね…。

 

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ちなみにシューベルトの尊敬するベートーヴェンもサリエリに師事していました。
シューベルトもベートーヴェンも、そしてリストもサリエリに師事しており、サリエリは彼らの才能を見抜き誰よりも愛情を注いで教えていました。
リストとサリエリの話も今後出来たらと思います。
リストの為にサリエリがした事は先生の域を超えているというか、親以上だった…なんて思える程リストの為に動いてます。

 

 

 

続いて、シューベルトのお母さんの話。

 

 

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シューベルト家は兄弟も音楽をやっていて、息子たちが小さい頃はお父さんがヴァイオリンやピアノを教えていたそうです。

そんな感じで家族で音楽をやっていたシューベルト家ですが、生い立ちからしてもどうやらお母さんは音楽をやっていなかったそうです。
シューベルトの母の家は錠前師で、彼女はウィーンで料理女をしていました。
しかし真面目で厳しいお父さんと正反対な優しく穏やかなお母さんはシューベルトにとって一番甘えられる存在だったのではないのかと思います。

シューベルトは11歳で宮廷聖歌隊に入り寄宿生活が始まりましたが、お母さんと離れることは辛かったそうです。

彼のお父さんはシューベルトに学校の先生になって欲しかったようですが、シューベルト自身は音楽家になりたかったようです。
聖歌隊のある寄宿制の学校に入ったわけですが、最初のうちはどの教科もよかった成績が音楽だけずば抜けて良くなったかわりに他の教科が落ちてしまい彼のお父さんは怒ってしまいます。
成績が落ちた原因が作曲を勉強していたことと知り、作曲やオーケストラをやめるよう言ったものの彼自身は全くやめようとしなかったのでシューベルトを勘当します。

勘当されてからは友人にとにかく助けられていました。
そんな中、彼のお母さんが病気で亡くなり、勘当されたこともあって、お母さんが病気であったことも知らされず、死に目にも会えませんでした。

しかし、この後お父さんと和解することとなります。
そのきっかけを作ったのがシューベルトのお母さんでした。
彼女の遺言で息子が作曲することを許してほしいと遺していました。
きっとお母さんがいなければこの父子は一生勘当して会わなかったかもしれません。
シューベルトのお母さんはやはり優しいですね。

その後シューベルトのお父さんは再婚しますが、その再婚相手、シューベルトの義理の母になりますが、彼女もシューベルトを本当の息子のように愛し、いつも気にかけていたようです。
その話もまた描けたらと思います。

また長くなってしまいましたが今日はこの辺で。


ではまた次回!!

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